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同じ敗戦国として
5月 16th, 2005
TVで、ドイツの首都ベルリンに、ナチス・ドイツの残虐さとユダヤ人犠牲者の苦悩を伝えるモニュメントが完成したとのニュースを見た。
街中の一等地に約37億円もかけてサッカー場2つ分の広さの大掛かりなものを作った。
建設委員長を務めたティールゼ独連邦議会議長は完成式典で、モニュメントはドイツ人にとって「ドイツ史最大の罪の告白にあたる」と語った。
勿論、ドイツの恥部のようなことをこんなに街中に、大きく作るという事に反対が大きかったらしい。
戦後60年、戦争を知らない世代が多くなってきた今、いまさら・・・という声も大きかったようです。
さて、同じ敗戦国である日本。
いまだ韓国、中国、北朝鮮という隣国とのわだかまりが消えず、反日感情は高まっている。
ODAや賠償、謝罪などある程度は日本も誠意を見せてきた。
では?何故?こんなに違うのだろう?理解されないのだろう、和解できないのだろう?
ドイツとの違いを考えてみる。
なんだか、心、そして民族の誇り(ここでいう誇りは謝罪を表せる、しっかり示し、後世に残せる一種の自信のようなもの)の違いかもしれないと思った。
日本もドイツから、隣国への謝罪の姿勢を学び取らなければいけないような気がした。
その方法は思いつかないけれど、何かが足りなかったのでは?と。
間違いを認める、謝罪する、それを明らかにする。
コレがいかに厳しく、つらく、誇りが必要な事かは、多くの事柄が証明しているような気がします。