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いじめ禁止は校則で?
1月 20th, 2007
またまた教育問題続編。
こればっか!?ですが、なんだかおかしすぎます。
・校則に『いじめ・校内暴力の禁止』を盛り込み、厳しく対処する
・いじめた子供への出席停止制度は、学校が最大限の努力を重ねたにもかかわらず、反社会的な対応を取り続けた子供に適用する
先日から話題にしている、「教育再生会議1次報告案」にこう述べられています。
いじめは、校則で禁止し、罰則規定を作れば防げる(減少させられる)ということでしょうか?
で、あれば、もっと陰湿になり、もっと巧妙になり、もっと卑劣になると思うのです。
昔からいじめはあったと思います(今ほど陰湿ではなく、教師が加担するなどということはなかったでしょうが)。それはだれもが良い事とは思っていなかったと思います。でもなくならない、それどころか増加し凶悪化してきました。それを校則化したからといって解決するとは思いません。
なんだか、まだまだ現実とはかけ離れた理想論だけの会議のような気がします。
4 Responses to “いじめ禁止は校則で?”
いじめの問題は最近クローズアップしていますが、かなり以前からいじめはありました。
元禄の時代に忠臣蔵でいじめがテーマになりました。演劇と実際とは違うようですが、それでもその時代からあったという事です。本当はもっと以前にもあった訳です。
私が明治生まれの年配者と話しをした時に、その時代からいじめがありました。つまり年代に関わらずいじめがありました。これからもいじめが続く事でしょう。
如何なる策を講じても、いじめが無くなる時代はありません。ただ、昔と今ではいじめの方法が違って来ていると思います。私の時代もいじめがありました。以前にも書いたと思いますが、その時代には1対1のいじめであって、一人を団体でいじめる事はありません。如何に仲間であっても1対1で、それ以外はギャラリーでした。誰もどちらにも加担する事はありませんでした。そして自分自身で一定のラインを決めて、それを越えない様にしたものです。また少しでも越えた場合は、ギャラリーが「そこまで」と言って制止したものです。当時は或る程度の基準があった様です。死ぬまでいじめる事はありませんでした。
これは子供達が自分で決めたラインです。最近では基準になるラインが無くなったように感じます。死ぬまでいじめ抜いて仕舞います。また誰も制止しなくなりました。そして制止してもそれを無視していじめる事かあると思います。
拙宅の近所の公立中学では、大きな身体の生徒が、小柄の生徒をいじめている様子を先生がプリントで配っていました。そのプリントは今でも持っていますが、目撃した先生は大きな身体の生徒を制止したのも関わらず、暴力を続けたとの事です。
このケースは、生徒が先生の指示に従わなければなりませんが、残念ながら続けたとの事で指示に従わなかったとの事です。また先生も生徒を命がけで制止しなければなりません。ところが先生も公務員ですので、命がけにはならなかったようです。
小柄な生徒はいじめられるままに、身体の大きな生徒の気が済むまで、いじめられた様に思います。しかし小柄な生徒はいじめ慣れしているようで、このような状態は日常茶飯事だった様です。
今度は高校での話ですが、最近バラバラ事件で話題になった東京都渋谷区の笹塚駅近くにある私立高校では、問題児は特別クラスに入れて仕舞います。このクラスの生徒は校則違反や問題行動などの生徒たちです。
私はこの方法には賛成で、これを差別と言う人もいますが、これは明らかに区別です。差別ではありません。当然の事ですが、今の社会でも問題のある人は刑務所などに隔離されます。社会的に自然かも知れません。
出席停止より隔離して、問題の究明が必要と思います。自分の行動に対して、責任を自分でとらせる方法が必要でしょう。
いじめは基本的には親の問題だと僕は思います。
僕の娘、マヤが中学校に行きたくないと言ったとき、
僕は学校で校長や担任や生活指導の先生方と話しました。
悲しいけど、みんなあほでした。
馬鹿にするわけじゃないけど、何も分かってないのです。
ただ理屈と自分の生きてきた限りなく小さな経験しかない人たちです。
中学校はすぐに止めさしましたが、
もともと勉強好きな娘で勝手に通信教育や何やらで
一通りはやって今はいい男を見つけて
二人でアニメーションの会社をやってます
あの時、しんどかったけど僕が学校の教師連中とやりあってなかったら
ただ、とにかく娘に学校へ行けといってたら
どうなってたかと思うとぞっとします
とにかく理屈ではないです、その人を、その子供を幸せにしなくてはいけないのです
なんだかんだ正しそうな事は、言っても仕方がないのが今の日本です。
ケラさん、とにかく子供の心と波長にいつも耳を傾けて下さいね
子供が感じる事が一番正しいのです
そしてそれを受け止めるのはやっぱり親しかありません。
まあ、ケラさんなら大丈夫ですけど、既成の概念、道徳、まして世間体など
くそくらえの親でなくては子供を守れませんから。
ケラさんあってのバースですからね。
私もこのニュースを聞いていてあきれてしまいました。
いじめをした子は、学校に通学させない。って~~~??
え~~~そんなことで根本的なところは何も改善されないのではないか?何故そんな話が決まってしまうのか?本当にびっくりしてしまいました。お役所仕事の頭の固さを感じてしまいます・・・・
昔は、よかった。そんな話をするようになったのは、私も年をとったということでしょうが・・・最近の事件にしても昔では考えられないようなことが次々に起こっていますよね~これから未来の子供たちが、健やかに生きてゆける自然環境も、人的環境も皆が考えて原点に返らないと大変なことになりそうですよね~
>福餅さん
いつも貴重なご意見ありがとうございます。
このごろ思うのが、今の親(団塊の世代くらいからかな?)って、高度成長時代の子供で親が忙しく、本当に子供と向き合いながら教育されてきたか?また、学校もマンモスでどんどん教師が増え、教室も50人とかで、すごい秀才か思いっきりの札付き以外あまり興味すら向けてもらえなかったという時代ではないか?と。
規範、常識というものはちゃんと伝えていかなければ!と。
親も教師も、しっかり向き合うことが必要だと思います。
>バースさん
大変だった時期もあったのですね。
でも、マヤさんがお父さんと同業(近い)職業を選んだこと、そして今立派に暮らしていることが答えですね。
本当に最後子供を守れるのは親ですものね。
我が家はこれからです。しっかり子供を見ていたいと思います。
>みるくさん
ほんと、おかしいよね。
いつも大人の言い分や身勝手や都合から変化してきた教育環境、で、その弊害は罰則やしわ寄せで・・・って。
確かに、人間形成はすぐに修正できるわけもありません。
だからこそ!根本的な対策が必要だと。
目先しか見れない大人たちによい国、よい人間を作れるわけがありませんよね。