8)ラインガウ:ロルヒ〜マインツ」カテゴリーアーカイブ

ドイツビール純粋法

最初にカウンターでビールを頼んだ若い人から英語のパンフレットを貰いました。ドイツビール純粋法の説明と、その製法を守った醸造所の製造工程が書かれていました。1516年に制定されたその純粋法で造られたものしかビールと言わないのだそうです。

さて夜も更け日も変わり、充分ビールも堪能したので帰ることにしました。途中道に迷いながらも無事ホテルにたどり着きました、、、最後は写真も酔っぱらってしまってます(笑)

今発酵中のビール

ビールを沢山飲めば必ず行くところ、、、トイレに行く途中、今正に発酵しているビールが窓越しに見えました。解放されたタンクの上からはブクブクと泡が、、、

マインツのビアホール

2004/5/7午後11時
校長ごひいきのビール醸造所併設ビアホールに向けて小雨の中を出発!すぐそこだからと言いながらなかなか着かない、、、15分〜20分程街中(結構人通りのすくないところ!?)を歩いてようやく校長「ここだ、ここだっ」しかし店の中は満員!店内は大きいのだけれどテーブルもカウンターもぎちぎち一杯。手すりにも張り付いて立って飲んでいる状態。「ばらばらに空いているところに入って」と校長の指示が飛んだが、100人以上もいる客と喧騒に圧倒され立ちすくむばかり。最後の夜、せっかく来たのだからと帰るのも心残り、誰も帰ろうとは言わない(笑)
ようやく空いたカウンターに身を滑り込ませ、さてビールと思ったが今度は言葉が通じない!通訳のSさんも今夜は一緒ではない!目の前の大学生のバイトらしい若者が英語ならわかるよと言われたがなかなか通じない。身振り手振りで(私はほとんどぼ〜〜としているだけだが)四苦八苦。わかったのはプレートにするか?プレートと言うのは木の長い板でそこにジョッキを並べて運んでいるようだ。8個ジョッキが並ぶようなので普通のビールと黒いビールを2つ頼んでなんとかビールにありつけました。ようやく一息ついて辺りを見渡せばとにかく若い連中で一杯。ヤーパン、ヤーパンと言う声も聞こえて来ました。校長によるとマインツの大学生がよく集まるとか。ビアホールと言うよりパブの雰囲気。

階段の上にはジョッキを載せたプレートを肩に担いでいるウエイトレスさんが、慣れた手つきで運んでいます。
すぐ前のテーブルが空いたので先ずは確保。近くの席で見た円筒形のガラスに入ったビール、自分で注げるのが良さそうなので我々も注文。高さは1メートル以上もあり壮観。自分で注ぐのが面白く我先にと注いで飲みました。とにかく注ぐ(笑)ここで造ったばかりのビールはさすがに美味い!どうです、このご満悦の顔。負けずに騒ぎました(笑)

旅芸人 ではなかった

話が弾んでいるところに訪問者が二人、入って話をしていいかと店の人から。修行で諸国を旅しているのだそうで、アルネさんに聞いたら今は少なくなったけど、昔の若者は仕事を見つけながらドイツの各地を旅をする修行があり、それをしないと一人前にはなれなかったのだとか。アルネさんも聞いたことはあるが見たことがないと言うので話を聞くことにしました。昔の出で立ちで、背中には寝袋を背負っています。
さて、何か歌うとか物語を話すとか芸をするのかと思いましたが、自分たちの身の上を話しただけで、それで終わり?と言うと、そうだと、、、まあ、旅芸人ではないのだと言う事でした。一同唖然(笑)一緒に記念写真を撮ったり、投げ銭をしてお開きとなりました。その後便乗して?花売りの若者も来ましたが、誰も買いませんでした。

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シュペクト(Specht)キツツキでお別れ会

2004/5/7午後7時30分
ドイツ旅行最後の夕食会は、トロイチのアルネご夫妻とお母さん(ドーリスさん)を招いてのお別れ会です。過ぎてみれば夢のような、あっと言う間の10日間でした。後は明日フランクフルトを夜の9時出発のJAL408便に搭乗し、成田は5月9日の15:30到着予定となります。


すてきなワイングラスでした。赤ワインの赤とグラスの緑のコントラストが映えます。
さて、工房あしぼ: ドーリスさんの手料理で昼食
<お母さんのドーリスさんの家庭料理で昼食です。2時を過ぎお腹が空いていたのと、美味しさで何度もお代わりをし過ぎたのが、後で大変な事になります、、、(それは後で )>
の話ですが、、、

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マインツのホテルシュワン

2004/5月7日午後6時45分
ラインラント・プファルツ州の州都マインツのホテルシュワンに到着。このホテルは旧市街の中心で、しかも大聖堂(Dom)があるマルクト広場に面したマインツで一番古いホテルと言うことです。シュワン(SCHWAN)は白鳥と言う意味で、隣はトロイチ家を招いてお別れ会の夕食をするホテル系列のレストランシュペクト(Specht)キツツキです。今回のドイツワイン科修学旅行最後宿泊と宴会となります。いよいよ明日はドイツともお別れ、、、

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エーベルバッハ 僧院教会

12世紀に建てられ、14世紀に礼拝堂が増築されました。豪華なバロックの飾りは1803年の廃院の時に失われ、それ以来時々礼拝に使われるだけとなり、今日ではクラシック音楽のコンサート会場として使われているそうです。

エーベルバッハ僧院のカビネットケラー

Cabinetkellerカビネットケラー
13世紀に修道僧の憩いの場、仕事場として建てられ、後にカビネットケラーとなって、特に貴重なワインを貯蔵する場所となりました。奥に鍵のかかった鉄の格子の扉があり、いかにもカビネットケラーと言った雰囲気です。明かりはロウソクの灯だけです。

信者専用の食堂のステンドグラス

信者専用の食堂は薄暗い部屋でしたのでステンドグラスが良く映えて見えます。デザインも色も質素な感じです。

エーベルバッハ僧院ぶどう搾り器

長く薄暗いかつての信者専用の食堂にはぶどう搾り器が置かれていました。最も古いぶどう搾り器は1668年のものだそうです。この食堂の上には巡回コースに入っていないので見られませんが、82mの長さの信者の助修士の寝室があり、千人を収容でき、今では祝宴会場、コンサート会場、として私的、公的に利用されているそうです。そう言えばアベマリアを独唱する歌声が聞こえ、言ってみると教会の中で女性が練習をしていました。入り口にコンサートの案内もありました。